玉置浩二さん
節目節目で助けられて来た。
安全地帯なんて、カッコつけてるだけだと思っていた。
所詮ちょっと歌が上手いくらいだって、
玉置浩二さんのソロを聴くまで、全く勘違いしていた。
たまきさんの詩が、歌の力が、音楽が、心が、愛が圧倒的に僕をノックアウトした。
アイドルのような容姿とは、全く違って。
完全に彼は音楽家であり、アーティストであり、人生を、神にささげた人だということが、何よりも強く心を打つ。
そんな彼を理解しない人のためか、何度も精神的に追い込まれている。
幸せでいてもらいたい。健康でいてもらいたい。そんなこと大きなお世話だろうが。
世の中が、少し嫌になった時、友達が、いなくなってしまった時、
やりたいことがうまくできない時。
人にわかってもらえない時。
ちょっと行きずまった時に、僕は何度も玉置さんの歌を、大声で歌って、乗り越えてこれました。
歌ってこんなに力があるものなんだ。
「僕にだって何かができる」というメッセージが響いて来ます。
アルバムでは「かりんと工場の煙突の上に」は、精神病棟で書いたような曲たち、
「今日というこの日を生きてゆこう」このアルバムが一番素晴らしいと思っています。
「JUNK LAND」ポップスなのに、なんの嫌味もなくしっくりと何度でも聞ける。
「Cafe japan」おにぎりを握った裏ジャケに、子供の時不思議に思ったものだった。
節目節目で助けられて来た。
安全地帯なんて、カッコつけてるだけだと思っていた。
所詮ちょっと歌が上手いくらいだって、
玉置浩二さんのソロを聴くまで、全く勘違いしていた。
たまきさんの詩が、歌の力が、音楽が、心が、愛が圧倒的に僕をノックアウトした。
アイドルのような容姿とは、全く違って。
完全に彼は音楽家であり、アーティストであり、人生を、神にささげた人だということが、何よりも強く心を打つ。
そんな彼を理解しない人のためか、何度も精神的に追い込まれている。
幸せでいてもらいたい。健康でいてもらいたい。そんなこと大きなお世話だろうが。
世の中が、少し嫌になった時、友達が、いなくなってしまった時、
やりたいことがうまくできない時。
人にわかってもらえない時。
ちょっと行きずまった時に、僕は何度も玉置さんの歌を、大声で歌って、乗り越えてこれました。
歌ってこんなに力があるものなんだ。
「僕にだって何かができる」というメッセージが響いて来ます。
アルバムでは「かりんと工場の煙突の上に」は、精神病棟で書いたような曲たち、
「今日というこの日を生きてゆこう」このアルバムが一番素晴らしいと思っています。
「JUNK LAND」ポップスなのに、なんの嫌味もなくしっくりと何度でも聞ける。
「Cafe japan」おにぎりを握った裏ジャケに、子供の時不思議に思ったものだった。
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2018.01.27 / Top↑
檜原村在住の田中夫妻と作ったバンドの映像です。
http://www.youtube.com/watch?v=V_4Phg5ilZ0
http://www.youtube.com/watch?v=t3no2rR6rts&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=V4NE5hL_TbQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=nqWNZrxjST0&feature=relmfu
http://www.youtube.com/watch?v=V_4Phg5ilZ0
http://www.youtube.com/watch?v=t3no2rR6rts&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=V4NE5hL_TbQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=nqWNZrxjST0&feature=relmfu
2012.10.16 / Top↑
私の祖父は、キリストの伝道師だった。
道を伝える人、キリストの道
「キリスト道」。
日本人は道の民、華道、剣道、茶道、武道、様々なものに道があって、
そこ入って、歩んでこそ、一体化してこそその神髄に触れられると言うことなのだ。
キリストに教えて頂いて、それは、「キリスト教」でしかないのだが、
一緒に歩むなら、「キリスト道」に入ったということになる。
誰でも、何かに困らない限り、この道に入ろうとはしない、
苦しいときの神頼み、
アフリカでも、山に遭難した人がいて、
3日間飲まず食わずで、リュックサックの中に足を突っ込んで寝たといっていた、
その彼も、全く無宗教だったが、本当に死にそうになったそのときに、
初めて神様に祈ったという「もしこの遭難から生還できたら、仏教でもキリスト教でも門を叩きます。
なのでどうか助けてください。」
そして本当に彼は帰ってから、ジンバブウェのハラレのキリスト教会にお礼参りにいっていた、
とにかく誰でも、困らないと真面目にならないものだ。
だから神様がそう仕向けるのかもしれないのだが。
祖父は老子がすきだった、「道」タオ。
仏教のお坊さん親鸞のことも好きだった。
今回の震災も何かのきっかけなのかもしれない。
「道」の民、日本人の忘れかけたものを思い出すための。
道を伝える人、キリストの道
「キリスト道」。
日本人は道の民、華道、剣道、茶道、武道、様々なものに道があって、
そこ入って、歩んでこそ、一体化してこそその神髄に触れられると言うことなのだ。
キリストに教えて頂いて、それは、「キリスト教」でしかないのだが、
一緒に歩むなら、「キリスト道」に入ったということになる。
誰でも、何かに困らない限り、この道に入ろうとはしない、
苦しいときの神頼み、
アフリカでも、山に遭難した人がいて、
3日間飲まず食わずで、リュックサックの中に足を突っ込んで寝たといっていた、
その彼も、全く無宗教だったが、本当に死にそうになったそのときに、
初めて神様に祈ったという「もしこの遭難から生還できたら、仏教でもキリスト教でも門を叩きます。
なのでどうか助けてください。」
そして本当に彼は帰ってから、ジンバブウェのハラレのキリスト教会にお礼参りにいっていた、
とにかく誰でも、困らないと真面目にならないものだ。
だから神様がそう仕向けるのかもしれないのだが。
祖父は老子がすきだった、「道」タオ。
仏教のお坊さん親鸞のことも好きだった。
今回の震災も何かのきっかけなのかもしれない。
「道」の民、日本人の忘れかけたものを思い出すための。
2011.05.04 / Top↑
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