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 家の隣の竹林を伐って、広葉樹を残す。
ことするのはなんの利益にもならないなあとも思いながら、そうする気持ちが抑えきれないのは、
ジブリの森のそばで育った都会人だからなのか。

自分の土地でもない、隣の敷地だが、何十年もほっぽらかされて鬱蒼としていた竹林。
地主の方は、どれだけタケをとってもいいといってくれている。
枯れた竹が、足に落ちてきてけがをしたり、トゲが刺さって進めなくなったことも数回。他人が綺麗にした竹林を見て、はげまされ。諦めきれずに、火事になっても危ないので、雨の日に竹を燃やし、年に数日という単位で進んで7年。
火を燃やすと近所の方が火事を心配するだろうか、
むしろ迷惑なのだろうか・・・。

「デクノボウ」

節穴ののように開いた、目で、じっと火を見つめる。

鳥が切った竹に泊まり、明るくなった空に飛び立ってゆく。
ありがとうって、僕に言っているようだ。
かつて、誰からも慰めを受けず、
星の瞬きだけを信じていた宮沢賢治になりすます。

ふと風が、竹林を抜けてゆく
竹がなくなって残った木々。
あと数年かしたら、森になるのかな?
造園工の端くれの夢が、かすかに心をよぎる。
森に夢を描くのは、いつも、詩人たち。
竹
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2019.03.26 / Top↑
「本当の自分に返る」
小学生の時、家の前の坂を降りたところに、バレエ教室があるのを見つけました。
ある時、そこの扉が開いていて、中にレオタードを着た女の子たちが足を上げたりしているのが見えました。
何かとても楽しそうで、僕は直感的に習いに行きたくなりました。
「バレエを習いたい」と母に言うと。
「いいけど、あれは女の子のやるものよ」と言われました。
母としては、ただでさえナヨナヨしている僕が、さらに女の子みたいになったら大変だと、心配したのかもしれません。
僕は、それを聞いてなんだか恥ずかしくなって、習うのを諦めました。

生きづらかった中高時代

生まれつき目が悪くて、メガネをかけて、漫画ばかり描いていた僕は、家の中にいることが多く、体も虚弱体質でした。
そんな感じだと、女の子には全くモテませんでした。
高校に進学する頃、マンガ、プラモデル、ラジコンをやめて、メガネも外して、かっこよくなろうとイメージチェンジを図りました。
外見と内面にギャップがある中で、彼女もできたのですが、かっこよくなりたいと思うほど、自分の本質とは離れて行き、だんだん本当の自分がわからなくなっていきました。
彼女も、僕のことがわからなかったようで、結局うまくいきませんでした。
そして、自分が落ち着く場所が少なくなってしまいました。
祖父(辰雄)にはよく「りゅうちゃんは好きなことをやって生きなさい」と言われていたのですが、
好きだった趣味を全てやめて、さあやりたいことをやれと言われても、今さら絵を描いたりすることに戻ることは、僕にとって難しい選択でした。
なので、どんな方向に進んでいいのか全くわからなくなってしまいました。
とりあえず、内向的で、体が弱いという自分を変えたいという気持ちから、造園屋でアルバイトすることにしました。
やったこともない、草刈り、穴掘り、木の剪定など、もともと自分に合わない仕事でしたが、試練と思ってやっていました。

太鼓との出会い

友達の誘いから、この頃、太鼓を叩くことも始めました。
太鼓といっても小さなボンゴでしたが、体を使って健康的だし、意外と上手に叩けて、みんな喜んでくれるので、友達を作るのにも、ちょうどよかったです。
音楽には、人と人とをつなげる、不思議な力があり、引っ込み思案な自分を解放するのに役に立ちました。
太鼓がきっかけで、アフリカに行って、カリンバと出会いました。
太鼓よりもマニアックなこの楽器が自分に合ってると感じ、毎日カリンバを弾いていました。
その時に、太鼓をやるならダンスもやれと先生に言われ無理やりダンスを習い始めました。毎日ダンスを習ううちに、踊ることが好きな自分を発見し、体と心が自由になっていく感覚がありました。
自分が思っていることを、体で表現することはとても気持ちのいいものです。
生まれて初めて、なんのしがらみもない辺境の地で、自分の魂が輝き始めていくのを感じました。
がんじがらめからの、脱出だったアフリカでしたが、日本では得られないものを発見して帰ってきました。
この時アフリカに行かなかったら、きっといまでも、生きづらさの中で生活していたでしょう。

そのままでいい

最近出会った本で「喜びから人生を生きる!」(アニータ・ムアジャーニ著)という本があります。
この本は、周囲の環境にがんじがらめになって、自分の本質を否定し、生きづらさを我慢しつづけた結果ガンになり、死んでしまい。臨死体験中、霊界で、本来の自分の輝きを思い出し、現世に戻ってきたら、三日間でガンが消えてしまったという驚きの実体験が書かれています。
この本にも書いてありましたが、誰でも、その人らしく生きているだけで、一人一人の役割を発揮している、素晴らしい存在なのだと書かれています。
どうして家族や、先生、異性、目上の人々、の目を気にして、自分の個性を曲げてしまい、自信が持てなくなり、生きづらさを感じてしまうのでしょう。
どんな立派な人でも同じ人間で、完璧な存在ではなく、自分の都合や、時に応じて意見が変わったりしてしまうものなのです。
でも神様は、そうではないと思います。
聖書を読んで祈っているといつも、「そのままでいい」という声が聞こえてきます。
僕がしてきた劣等感ゆえの遠回りも、僕の大切な人生の一部ではあります。
でも、やはり、他人より自分が劣っているという考えから頑張るより、「そのまんまの自分でいい」という喜びの中で、努力するほうが、はるかに充実した人生になっていくと思います。

現在の生活

現在は岡山で、自分で直した古民家に住んでいます。お米を作り、村の人に頼まれては、庭仕事をしたり、草刈りをしたり、造園業で学んだ技術が、とても役に立っています。今でも、太鼓を叩いたり、カリンバを弾いたり、作ったりして生活しています。
無論、生活するということは、簡単なことではありません。
住む場所とお米と薪はあるので生きてはいけると思います。
アフリカの農村のことを思えば、それで充分のような気もしますが、車を使うので、多少のお金は稼がなくてはなりません。
夫婦二人で子供がいないこともありますが、本当に困った時は、何処かから仕事が舞い込んだり、楽器が売れたり、不思議と神様がサポートしてくれるので、ありがたく思います。
周囲にも何家族か同時期に移住してきた人たちもおりますが、みんな元気にやっていて、お互い励まし合いながら生きています。
普通の人とは、かなり違った生活スタイルをしているので、周囲の理解も、容易に得られるものではありませんが、例え少数派と呼ばれようとも、これが自分の生き方なのだと思っています。
最近、またダンスを習い始めました。
ダンスを踊っている時、とても自由です。
色々な感情を身体中で表現しながら、生きている自分を実感します。
ずっとやりたかったことなので、楽しいです。
今は、人より変わっている自分の個性を、自分らしいと、楽しんでいこうと思います。
たまに格好つけてしまう自分すら、大目に見てあげて。
2018.09.14 / Top↑
3年前、田んぼの脇に、出て来たシカを、斧持って追いかけ回していた自分。
都会から引っ越してきて、無農薬で米を作るのは、そう簡単なことではない。
苗を作り、田植機を隣人に借りて、やっと田植えして、すぐにシカの出没。
それからは、毎日シカの行動を見張り、竹で作った柵が壊されればすぐに補修する日々。
2mもある柵を跳び越えてくる、
周囲の田んぼより収穫が遅いので、他の田が収穫を終えてからが、勝負だ。
寝ていてもシカが鳴けば、外に出ていって懐中電灯を片手に田んぼを見回り、睡眠不足になりがちになる。
一年目は一反作っていた田の半分食べられ、二年目は三分の一くらいでなんとか押さえ、毎年シカのために働いていることにイライラしていた。
ある日、夜に車を運転していると、シカが二匹道の真ん中でケンカしていた。
僕はここぞとばかりにアクセルを吹かして、シカを追い回し、もう少しの所でひき殺してしまうところだった。
ブレーキを踏んで我に返った。
グレーの毛皮と丸い目がきれいだった・・・。
しばらく体中に悲しみがじわっと流れていくのを感じた。
どうして自分はこんなになってしまったのだろう。
僕の考えていた自然は、都会の中にある管理された自然だった。
実際自分の生死に関わる問題になってくると、とことん残酷で、やさしさなどかけらもなく余裕すらなくなっている。
こっちも必死だが、むこう(動物)も必死なのだ。
一瞬の猶予も許されない、待ったなしの世界。
町役場にシカ・イノシシ対策の補助を申請し、一年半がすぎてようやく鉄柵の材料が届いた。ご近所の方と三人で木を切り倒し、草を刈って、距離400m鉄柵を完成させた。
柱を打ち込むだけで、肘や肩が痛くてたまらなくなった。
ようやく、少しシカの出没も減ってきたようだ、今年は米が良くできてくれればいいと思う。
自分の側に余裕が出来てようやく、動物たちも大切な生き物なのだと感じ始めるようになった。
何となく安心してしまったのか、地域の草刈りをすっぽかしてしまった。
「ごめんなさい」人に会う度に謝ると、
「だれにでもあることじゃ、無理のない時に出ればいいよ」といってくれる。
1+1じゃわからないことが、世の中にはたくさんある気がする。
2016.07.21 / Top↑
災害の難を逃れて、安全な場所といわれると言われる岡山に家を買った。が
雨漏り3カ所、床板はボロボロ、水道も来ていない山小屋に、一人改修工事を続けて3ヶ月が経過していた。
頼る人もなく、新しい土地で家を直すのも初めての僕。
暗中模索の死闘の日々の後、近くの温泉に身を沈めるのが唯一落ち着く時間だった。
とはいえ、温泉に来る地元のおじさんと話しても、
「なんで、こんな所に来よったん、東京の方がええにきまっとるやろ」
と必ず言われてしまう。
あまりにもみんながみんな言うものだから。
「ここの人が言うように、やっぱり田舎に住むなんて無理なことなのかな?」
自分でもだんだん自信がなくなってくる。
湯船に身を沈めながら、そんなことを考えている時、湯けむりの中、入ってきた青年。
「へえ、若い人めずらしいな・・・・・・・???」
どこかでみたことのある・・・
いやまさか、でも未来君に良く似てるなあ。
世の中には似ている人がいるもんだ。
その後ろからまた青年が、
彼もまた友達の横地そっくりだ!!!
「え?!」
「もしかして未来君?」
思わず言葉が出ていた。
「え〜〜〜〜!龍一君どうしてここに?」
と驚きの表情。
後ろから来た彼も「え?何でリュウイチがいるの?」
すっ裸で指を差し合う3人。
話を聞くと3ヶ月後からこちらに移住する計画だという。
偶然にもそばに同志が住むという、驚きの出来事に、今までの不安は吹っ飛び、自分がここにいる事への確信が胸に広がった。
先の見えない真っ暗闇のトンネルの中から、光が見えたそんな瞬間だった。
2015.03.15 / Top↑