義理のお父さんは、テレビが好きだ。
うちは、ここ6年ぐらいテレビのない生活をしていたが、
とうとううちにもテレビが入ってきた。
家族のものが、みんな僕達のような暮らしぶりを望むとも限らないので、
今回のお父さんが来ることで、家の中が、とても便利になった。
シャワーが使えるようになった。
これはとても画期的なことだった。
風呂といえば、12時ごろから、手作りの太陽熱温水システムをまわし、
15時ごろから薪で湯を沸かし。
19時にようやく入れるかな、という感じだったので、
かなりの時間を、とられていた。
そんな生活を選んだとはいえ、冬薪ストーブに、炊事に、風呂まで薪だと、
同時に3箇所の火の管理をしなくてはならず。
ほとんどそれだけで一日が終わってしまいかねない。
火のそばで、カリンバを弾いたりも試みたが、
とてもそんなゆうちょなものではなかった。
プロパンガスが入った。
炊事もガスでできるようになったのだ。
いままでも、カセットコンロを多用してはいたが、
なくなることを気にせず、2つ同時に料理ができるのは、やはりありがたい。
テレビをつけるのに、パラボラアンテナを、買ってきて自分で取り付けたのだが、
角度がわからず、いろいろ動かしてるとき、
お父さんと妻が、モニターを見ていてくれて、
「やーやーやー」と二人で大声で、映ったことを喜んでいたのが印象的だった。
それまで、僕が見てきた、父娘の会話は、なんだか殺伐としていて、
まるで他人と話しているかのようだったが、
今回、義父が脳卒中になって、妻の接し方がまるっきり変わっていた。
病気は、確かにいいものではないが、それをきっかけに、変わっていくことがたくさんある。
そのことは、確かに必要なことで、神様がそのために、働いてくださっていることを、感謝せずにはいられない。
以前の父は、僕の生活に対しても、それほど肯定的ではなかったように思う。
ライブには、何回も来てくれていたけれど、正直、このような男に娘を預けてよいものか、考えあぐねていたような気がする。
げんに、結婚する前両親同士で、食事をした際に、「それで、どうなさるおつもりですか?」
と僕に、返答のしようのない質問を投げかけてくださったのが、父なのだから。
しかし、今の義理父は、何もしゃべれないのだが、僕が草刈りしている姿や、電線を取り付けてるしぐさ、
妻と話している様子を、ほほえましそうに眺めている。
大あくびする僕を、「ははは」と笑っていたりする。
病気のことを、あまり幸いがってはいけないのだが、
やっと家族になれた気がする。
僕のような、おとこも、それなりに認めてくれたような気がする。
義父は、もともと高校の教師で、僕のもっとも苦手なタイプの人だったわけだが。
人生はわからないものだ。
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2014.09.20 / Top↑
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