2017年10月7日牛窓の照れ屋カフェでムセキワチンゴーザさんのライブがある。
照れ屋カフェは、今月で閉店するということで、この5年間お世話になった締めくくりのライブとなってしまう。
5年前、岡山に引っ越して来て、インスタントラーメンを食べながら一人きりで3ヶ月家の改修工事をしていた時、
東京にいた頃みたいにライブができなくなったことで心が折れそうになっていた。
電話で妻に愚痴っていると、「牛窓のカフェでライブやれるか聞いてみたら」
と言われて、照れ屋カフェに行き、
「あの、うちの家内がここでライブしろっていうんです・・・」
といってみた。
不可解そうな顔をしながら、小林さんは「・・・いいですよ」と
どこの誰かもわからない、僕にすぐOKしてくれて、岡山に来て初めてのライブを出来ることになった。
以来、ことあるごとにお願いして、キャンドルライブや、オリーブ園での芝生での生音ライブなど、楽しい企画に応じてくれた。
照れ屋さんのお陰で色々な人と出会い、岡山での音楽活動の可能性を広げてくれた。
岡山という土地に、このカフェが一軒あったこと、店主の小林さんが音楽好きであったことが、どれだけ僕の救いになったのだろう。
カフェのカウンターから、いつも、いたずらっぽい目をくりくりさせながら、何か面白いことを言ってやろうと狙っている姿が見れなくなるのは、残念だ。
音楽や、笑顔とコーヒーの香りの染み込んだ、築200数年の古民家に感謝の気持ちを込めて最後の演奏を(前座だが)贈りたいと思う。
照れ屋カフェファンの方もぜひいらしてください。
2017.10.04 / Top↑
喫茶店で、水を出しお茶やコーヒーを淹れて他人の話を聞いてあげる。
いろんな人をつないだり、人の計画に協力したり、悩みに付き合って、慰めてあげたり、地域に貢献して一役買ってみたり。
だけど寄ってくる人は、一人残らず、自分のことしか考えていなかった、
私のことを親身に聞いてくれたり、悩みを聞いてくれる人など一人もいなかった。
みんな、すっきりさっぱりして、500円払って立ち去ってゆくだけだった。
僕が大学で得た知識も、生まれ育った家で感じた様々なことも、少し花開いた僕の成功に耳を傾けてくれる人なんて一人もいなかった。
もう人の話や歌はたくさんだ、俺は自分の人生を生きてやる、他人のために一生を終えるのはごめんだ、何もわかってない連中のために、この身をすり減らすのも。
港から出て、帰ってくるだけの船じゃなく、いったきり二度と帰ってこない船に乗って、
僕は旅をするんだ。
世界中を旅して、作った曲で日本中を旅して歌いまくるんだ。
ようやく僕は僕になったわけだ。
2017.10.04 / Top↑
君が苦しくなった時、
僕はそばにいる、
君が大変になっている時、
いつも見ているよ。
そして君にはできるってこと知っている、
もう僕がいなくても
君はいきていけるから
青空へ旅立ってゆくよ。
私がいつもしてたように、
君もそうするといい、
それはタネ 一粒の種
君が咲かせられるように
私が撒いたタネ、
目を閉じれば いつでも会えるよ
全部きみにあげる
僕の全部君にあげる

僕は今も、そばにいる
だから安心して生きなさい
私の分も生きなさい


近所のおじさんが亡くなった。
いつもお世話になっていた、
うちに来ては、長く話しをしていたおじさん、
自分が好きなことに正直な人だった。
自分の人生に、責任を持っていた。

2017.09.23 / Top↑
マーコさんバンド(小林宏志さん(G)、草信泰典さん(B)、次田任徳さん(Dr))のメンバーの一人として演奏するが、
別バンド「Balambira」の一員としても演奏する。
こちらは、松本弥生さん(mbira・歌)とベノワ・ミロゴさん(バラフォン・ジンベ)の三人のグループ。
照れ屋カフェオーナーのプロデューサー小林宏志さんの提案で今回のために特別に組まれたバンドだ。
小林さんは、カフェででもそうだが、いつも色々な人と出会わせてくれる。ありがたい。
ベノワさんは大西まさやくんと「バランゴマ(バラフォンとンゴマだから)というバンドをやっている。
そのまさやくんの許可を得て名前のアイデアを拝借して「バランビラ(バラフォンとンビラ)」にしてしまった。(笑)
プロデューサー小林さんの勘がここでも冴えていたのか。
すごい面白いことになっている。
三人での初演奏、集中力は半端ではない。 こちらもドキドキである。
船に乗る前から、リハーサルをしたり、TVに出たり、もう乗船しているみたいに9/18に向かっている今を楽しんでいる。
らいぶくるーず小
2017.09.13 / Top↑